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万引き主婦(第1話)

スーッ・・・。

音もなく半透明の自動ドアが開いて、その隙間から買い物を済ませた斉藤晶子が、都心にある有名なデパートから出てきた。このデパートは数あるデパートの中でも高級志向として知られ、顧客もいわゆる上流階級の人間が多いといわれている。国内はもとより、海外の有名ブランドが店を並べている。晶子はシックな装いで、全体の雰囲気にもどことなく上品さが感じられる。顔立ちも誰が見ても美人の部類に入るだろう。しかし、その態度には何となく落ち着きがなく、あたりを気にしているように感じられた。そして、10メートルほど歩いたところで、後ろから来たひとりの男に呼び止められた。

「奥さん、ちょっとすみません・・・」

紺のスーツを着こなしたその男は、サラリーマンとは少し違う雰囲気を漂わせている。

「わ、私ですか?」

晶子の肩が一瞬小さく震えたように見えた。

「そうです。恐れ入りますが、ちょっとその紙袋の中を見せていただけますか?」

男は晶子の顔を見たあと、ハンドバッグと一緒に持っていた紙袋に目を落としながら言った。

(私服の警備員だわ・・・)

晶子はそう直感すると、全身から汗が吹き出しそうだった。

「あ、あの・・・」

「ちょっと見せていただくだけですから・・・」

男が紙袋に手を伸ばそうとすると、晶子は慌てたように紙袋を押さえた。

「あの・・・困ります・・・」

「どうしてですか?」

「あの・・・」

晶子は、明らかに動揺を隠せないでいた。

「お時間は取らせませんから・・・」

「あの・・・ここでは・・・」

「そうですか・・・」

男は数秒考えた後、

「では、一緒に来てください」

男は、静かだが有無を言わせない口調で言うと、晶子が今出てきた自動ドアの方を向き、2、3歩足を進めた。

「逃げようとしても無駄ですよ」

まだ躊躇している晶子のほうを振り返って男が言った。

「あそこの男も、私たちの後についてきますから・・・」

晶子が、男の視線の先に目をやると、同じような雰囲気の男がこちらを見ていた。晶子たちふたりの周りでは、数人の客がこちらを見ている。

「・・・わかりました・・・」

晶子は観念して、この男についていくしかなかった。

「では・・・行きましょうか」

男は再びドアのほうを向き、さっさと歩き出すと、晶子も頼りない足取りでついていった。

(警察に知らされたら、たいへんなことになるわ・・・)

男のあとを歩きながら、晶子は考えていた。

(なんとか、それだけは防がないと・・・)

男は、デパートの1階の奥のほうにどんどん進んでいく。晶子が振り返ると、さきほどの男もふたりのあとを追うようについてきていた。間もなく、建物の片隅にある薄暗い通路に入った。奥までたどりつくと、右側にドアがあり、"警備室" と目立たない札が貼ってあった。ガラスはない。

「どうぞ」

男がドアを開け、晶子に中に入るように促した。

「はい・・・」

晶子がおとなしく部屋に入ると男も中に入り、ドアを閉めた。

(立派な部屋だわ・・・)

晶子が感じたとおり、部屋は8畳ほどの大きさで、左側の壁には、店内を監視するのモニタが数台あり、その手前には、カメラを操作するためのスイッチ類が並んでいる。

「そちらに座ってください」

中央に大きなテーブルがあり、両側には3人ほどが掛けられるソファが置いてあった。男はモニタ側のソファの前に立って、反対側のソファに座るよう、晶子に勧めた。

「はい・・・」

晶子が腰を下ろすと男もソファに座り、ふたりはテーブルを挟んで向かい合う形になった。

「奥さん。バッグと紙袋をテーブルに出してください」

晶子は、大事そうに抱えていたふたつをテーブルの上に置いた。

「紙袋の中の品物を出していただけますか?」

「あの・・・」

晶子がためらっていると、男が紙袋に手を伸ばしてきた。

(続)




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